真夜中の2時。俺はある荷物を車のトランクに詰め、海の見える山道を走っていた。
その荷物は、後輩の死体だった。あの馬鹿、ずっと俺に金を返さないからこうなるんだろうが。
俺はあの崖を目指し、人気のない静かな道を音楽もかけずに走り続けた。大丈夫、あそこから海へ捨てれば絶対にバレないはずだ。
それにしても、妙に頭が痛む。二日酔いとストレスだろうか。俺は多少は気晴らしになるかと思い、ワンセグをつけた。深夜の環境映像。タツノオトシゴが泳いでいる。
「…先輩」
その時、左横から何かが聞こえた。
助手席に視線を移すと、なんと血まみれの後輩が座っていた。
俺は悲鳴を上げそうになったが、すんでのところで堪えた。どうせこいつはただの幻覚にすぎない。この状況に加えてこの頭痛だ、脳が妙な錯覚を起こしたところで何もおかしな事はないだろう。俺は無視して運転を続けた。やけに目的地が遠く感じる。
「何も、ここまでしなくても…僕はそこまでの事をしたんですか。彼女が家で待ってるのに…」後輩が泣きそうな声で呟いた。
何十万と無心した癖に被害者面しやがって。こいつには本当にうんざりさせられる。まさか、死んでからもこいつにうんざりさせられるとは。
「…そういえば、先輩って、今は彼女作る気ないんですか。去年別れた子、随分酷い女だったらしいじゃないですか」後輩の声のトーンが急に明るくなった。
「僕、良い子知ってますよ。よければ今度紹介しましょうか」
「黙れよ」
思わず声を荒げてしまった。幻覚に怒鳴ったところでどうしようもないのに。
「じ、冗談ですよ…」
後輩は妙にしおらしくなった。
「……それはそうと、僕たちどこへ向かってるんでしょうね」
「…何のために、こんな時間にこんな山道を走ってると思ってんだ。お前の死体を崖に捨てに行くんだよ」
あの女のときと同じように、と言おうとしたがやめた。
「あれ?先輩…まさか覚えてないんですか」
後輩はきょとんとした表情を浮かべながら言った。
「さっき、カーブ曲がり切れずに崖から落ちちゃったじゃないですか」
俺たちは、いつの間にか山道ですらない闇の中をひたすらに走り続けていた。辺りに広がるのは暗黒ばかりで、木や海はおろか道すらも何も見えない。前方を照らすライトは全く意味をなしていなかった。
バックミラーに頭から血を流している俺が映っていた。その瞬間、より一層酷い頭痛に襲われ、上げようとした悲鳴は呻き声となって漏れた。焦ってブレーキをかけようとしたが体が動かない。脚が折れていた。
ワンセグの環境映像に目をやると、あの時バラバラにして崖から打ち捨てた彼女の死骸が海中を漂っていた。下顎の無くなった彼女の首が、恨みがましい目で画面越しに俺を睨んでいる。一体、この悪夢はいつまで続くのだろうか。