僕は子どもの頃、動物の声が聞こえていた。
遊びに行った近所の森で、僕は野生のウサギを見つけた。
木漏れ日と心地よい木の葉のそよぎの中、一羽のウサギはのんびりと草を食んでいた。
僕に気づいたウサギは、最初は警戒しているようだったが、敵意が無いと分かると落ち着いて再び草を食み始めた。
「やっぱり、ここの草は美味しいなあ」
「へー、そうなんだ」
「えっ」
ウサギはビクリと体を震わせた。不思議なもので、動物側からは僕の言葉がちゃんと分かっているらしい。
「…きみ、僕の声が分かるの?」
「うん。どうやらそうらしいんだ」
「へえ!凄いな!珍しいお客さんだ!」
ウサギは嬉しそうにしっぽを振った。
「僕たちの声が分かる人間…噂には聞いてたけど、まさか本当に会えるとはねえ」
あまりにも嬉しそうなので、僕も見ていて顔がほころぶ。
「せっかくだから、きみもこの草を食べていってよ。本当に美味しいんだから」
「いやあ、僕はやめとくよ」
「なんで?」
笑いながら答えていた僕は思わず固まった。ウサギの語調がいきなり強くなったのだ。
「食べれないの?ここの草が?こんなに美味しいのに?」
「いや…僕は…草食動物じゃないから…」
「食え」
ウサギは豹変した。
「黙って食え」
「え」
「食えよ……さっさと食え!!」
僕は泣きながらその辺の草をむしって口に入れた。もし人に見られていたとしたら、それは随分異様な光景に映ったことだろう。
「どうだい?美味しいだろう?」
ウサギはいきなり優しい声に戻って聞いてきた。
「おいしい、おいしいです」
僕が震える声で答えると、ウサギは満足そうに頷いたあと、脱兎のごとく走り去っていった。
あの時の草の味は今でも忘れることができない。